演 出 ノ ー ト
ミッシェル・ワッセルマン
京都オペラ協会
総監督・演出
ミッシェル・ワッセルマン
京都フランス音楽
アカデミー専務理事
立命館大学国際関係学部教授
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「フィガロの結婚」はオペラの中で最も演劇的な作品であると言えましょう。初演の2年前にパリで評判を取った台詞芝居を脚色したものですから当然のことです。この芝居は信じられないほど複雑で、ドンデン返しや勘違いに溢れているため、「狂った一日」という副題がつけられていました。政治的内容のせいでスキャンダルを巻き起こしましたが、まさにそのスキャンダルのおかげでヨーロッパ中で有名になった芝居です。オペラの台本を担当したダ・ポンテとしてはこの革命前夜的な要素をなんとか柔らげる必要があったのですが、その台本と芝居のテキストを仔細に検討してみると、オリジナルな筋に対する忠実さと脚色のプロフェッショナリズムに賞賛を贈らざるを得ません。しかし、ひとつ大きな問題があります。そもそも「フィガロの結婚」の筋を本当に理解している人が果たしているのでしょうか? モーツァルトの見事な音楽、奇跡的としか言いようのないアリアとアンサンブルの流れに魅せられることはあっても、もし筋を説明しろと言われたら?……登場人物たちが仕組んだ陰謀の数々が実行に着手もしないうちから既に失敗しており、彼等の驚きや困惑、わけのわからない戸惑いを見て観客は笑うのですが、果たして観客は登場人物たちの置かれた状況を本当に理解しているのでしょうか? おまけに常に女装している男性役を演じる女性歌手まで登場する。宝塚もビックリです! 舞台では通常、バロック宮殿の複雑なセットと無数の出入口を利用した登場人物たちのすれ違いと騙し合いが次から次へと展開されます。
 しかし私はできればシンプルな舞台を作りたいと思いました。演劇とはそもそも、舞台と呼ばれる一枚の板の上とその上の役者、それだけです。「フィガロの結婚」の筋を少し整理してみれば、あの複雑なドタバタ騒ぎも登場人物たちの間で行われる幾つかのやりとりに帰着することが解ります。この喜歌劇を重いものにしている舞台装置も大抵の場合は邪魔なだけです。演劇においては、削ることが豊かさを産みます。従って私は、ドラマの流れに不可欠の要素だけを舞台に絞り込みました。残るは歌手、即ち、歌うという聖なる才能に恵まれた役者です。歌手の内に、演技や台詞廻しや音楽、つまり演劇を演劇たらしめている全ての要素が一体化するのです。演劇はそれ以外の何ものも必要としません。


ミッシェル・ワッセルマン

1948年パリに生まれる。サン・クルー高等師範学校を卒業後、フランス現代文学高等教育教授資格、フランス国立東洋言語文化学院日本語修了証、東洋学博士号(歌舞伎研究)を取得。ルネ・シフェールとの共著で『Le Mythe des 47 ronin(四十七士の神話)』(POF1981)及び
『Arts du Japon:le theatre classique(日本の芸術:古典演劇)』(POF1983)を出版。その他、日本芸能に関する論文を多く発表している(Le Monde紙、Critique誌、中央公論、等)。
東京外国語大学の外国人教師及び東京芸術大学の客員教授を経た後、1986年〜1994年関西日仏学館(京都)の館長を務め、現在は立命館大学国際関係学部に児湯壽として在職中である。
ミッシェル・ワッセルマンは、1986年〜1992年フランス政府のアーティスト・イン・レジデンスである京都の関西日仏交流会館(ヴィラ九条山)の構想並びに設立に携わり、1992年〜1994年同会館の初代館長を務めた。
また、ヴァイオリニストの森悠子とともに「京都フランス音楽アカデミー」を創立、毎年パリとリヨンのフランス国立高等音楽院から主要器楽と声楽の教授陣10数人を招いて京都で演奏のマスタークラスを開催する一方、教授陣による室内楽のコンサートを日本各地で実施している。ワッセルマンは現在このアカデミーの専務理事を務めているが、この催しは2002年3月〜4月に13回目を迎えるに至った。
1995年京都市から京都コンサートホールの国際担当特別専門委員に任命されたワッセルマンは、1997年同ホールのために毎年のテーマ・フェスティバル「京都インターナショナル・ミュージックセッション」を創設し、クリスチャン・ツァハリアス、トーマス・ブランディス、パスカル・ロジェ、ジャン=ジャック・カントロフ、ミクロス・ペレーニ、ピエール=ロラン?エマール等のアーティストを招聘して、京都市交響楽団及や日本の優秀な室内楽奏者たちとの共演を企画している。
ミッシェル・ワッセルマンは又、東京室内歌劇場や関西歌劇場や関西歌劇団等のためにモーツァルト、チマローザ、ツトラヴィンスキー、プーランク等のオペラの演出も行っており、1984年フランシス・プーランクの『ティレジアスの乳房』(東京室内歌劇場)の演出でジロー・オペラ賞を受賞している。
2000年には日本人歌手三浦環(1884〜1946)生涯を批判的に扱った書物『Le tour du monde en deux mille Butterfly(お蝶々夫人二千回)』を出版(Le Bois dOrion社)。
日仏文化交流に寄与した業績に対し、1997年フランス政府から芸術文芸勲章シュヴァリエ賞を受勲。